スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ(ベラルーシ・ペンセンター会長)の声明

スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ(ベラルーシ・ペンセンター会長)の声明

日本ペンクラブ会員のみなさん、そして、報道メディアのみなさま

 ベラルーシ・ペンのスヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ会長からの緊急メッセージをご紹介します。9月9日にベラルーシ・ペンのホームページに掲載され、世界に向けて発信されたものです。
 アレクシエーヴィチ会長は、第2次世界大戦で出征して戦った女性たちの苦難を描いた『戦争は女の顔をしていない』や、チェルノブイリ原発事故とその被害者を描いた『チェルノブイリの祈り』などのノンフィクションで著名な作家であり、これらの作品が「現代の苦悩と勇気の記念碑=a monument to suffering and courage in our time」と評価され、2015年にノーベル文学賞を受賞しました。
 2011年の東日本大震災と福島第一原発の事故の直後には、心のこもったメッセージを寄せられ(http://www.tufs.ac.jp/blog/ts/p/nukyoko/2011/04/_17.html)、のちに来日した折りには福島現地を視察し、日本ペンクラブ共催の集まりでは講演もしていただきました。
 しかし、このたびのメッセージは彼女の祖国、ベラルーシの危機についてです。
 旧社会主義圏のベラルーシはロシアとEU諸国とのはざまにあって、冷戦崩壊後の1994年以来、26年に及ぶルカシェンコ大統領の強権政治がつづいてきました。その間、たびたび政治的混乱に見舞われ、『チェルノブイリの祈り』も国内での出版を差し止められるなど、言論表現や思想信条の自由も制限されてきました。
 そんななか、先月9日、大統領選挙が行なわれました。中央選挙管理委員会が有力野党候補の立候補を認めず、その妻が立候補するという異常事態下での選挙だったと伝えられています。同選管はルカシェンコ大統領が80%を超える得票率で6選された、と公表しましたが、その後、投開票の不正を指摘する抗議活動が全国的に展開され、これを警察や治安部隊が激しく弾圧し、死傷者も出るなど、ベラルーシ社会の混迷はますます深まっています。
 アレクシエーヴィチ会長のメッセージは、こうしたなかで発信されたものです。
 冒頭で言及されている「調整評議会」は、難を逃れて隣国リトアニアに滞在する野党候補者や市民団体の代表、ベラルーシの著名人や専門家らが法秩序の回復とスムーズな政権移行をめざすとして設立した組織です。しかし、ルカシェンコ政権側は彼らとの対話には応じず、この主要なメンバーを次々に拘束し、あるいは国外に追放しています。
 そうした危機のなかにあっても、アレクシエーヴィチ会長のメッセージは――あえて言いますが、美しい言葉で綴られています。世界を分断し、分裂させるのではなく、対話を促し、誇りと愛を取りもどそうと呼びかけています。
 私たちにとってベラルーシは近い国ではありません。しかし、チェルノブイリの原発事故で大きな被害を受け、いまも2割近い国土の汚染がつづき、国民の1割以上の人々が汚染地区に住んでいるという国です。そして、多くの人たちが福島の原発事故と、その後の復興の様子に大きな関心を寄せています。
 どうかみなさまも、現在のベラルーシの危機に思いを寄せ、アレクシエーヴィチ会長のメッセージをお読みいただければ、と思います。


                             2020年9月10日
     日本ペンクラブ会長 吉岡 忍

 

スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ(ベラルーシ・ペンセンター会長)の声明
2020年9月9日付け
ベラルーシ・ペンセンターのホームページに掲載
 https://pen-centre.by/2020/09/09/3779.html

 私と考えをともにする友人は、「調整評議会」の幹部会にはもはや一人も残っていない。皆、獄中にあるか、国外に追い払われたかだ。今日は最後の一人、マクシム・ズナークが逮捕された。
 最初に私たちの国が奪い取られた。いまは私たちの最良の人たちが奪い去られていく。しかし、無理やりもぎ取られた仲間の代わりに、別の何百人もの人たちが集まって来るだろう。立ち上がったのは「調整評議会」ではない。国が立ち上がったのだ。私はいつも言っていることを繰り返したい。私たちは政変を企てたのではない。自分たちの国の分裂を防ごうとしたのだ。社会で対話が始まることを望んだのだ。ルカシェンコは街頭の連中など相手にするつもりはない、と言う。しかし、その街頭の連中とは、日曜日ごとに、そして毎日街頭に出てくる何十万もの人々だ。これは街頭ではない。国民なのだ。
 人々は小さな子供を連れて街頭に出てくる。自分たちが勝利することを信じているからだ。
 さらに私は、ロシアのインテリゲンツィアに――古い習慣に従ってそう呼ぶことにしよう――呼びかけたい。どうしてあなたたちは黙っているのか? 支援の声がめったに聞こえてこない。小さな、誇り高き国民が踏みにじられているのを目の当たりにして、どうして黙っているのか? 私たちはいまでもあなたたちの兄弟なのに。
 自分の国民にはこう言いたい。愛している。誇らしく思う、と。
 いま、またもや正体不明の何者かがドアの呼び鈴を鳴らしている……。